いつものように、金曜の夜中に東名を走り、富士山の麓にある故郷に帰りました。
月に1回は必ずこうしています。両親が老いて心配だということもありますが、故郷がたまらなく好きだからでもあります。富士山はいつでも私の心の原風景であり、「ふるさと」そのものであり、大きな意味での「母なる存在」でもあります。富士山は大きく裾を広げ、その長い両腕で故郷の町を抱いているかのように見えます。そこで生まれ育った幸運に、いつも深く感謝しています。
今日は朝からよく晴れていました。久しぶりに大きな富士山とご対面!それだけで朝からテンション上がります。今日は午前中に父とふたりでお墓の掃除に行きました。墓地は2カ所あります。曾祖母の実家の古い墓所はこんな田園風景を車で走った先にあり、今は子孫が離散してしまったので、今はうちで面倒を見ています。(結構広い墓所で、草取りなど、掃除はいつも苦労してます) お掃除したあとお花とお線香を供え、手をあわせてお彼岸に来られないことを心の中で詫びました。
稲刈りがはじまっていました。父が運転する軽トラを停めてもらって写真を撮りました。(もっと農家の方々に寄りたかったんだけど、なんとなく申し訳ない感じがして遠慮がちなショットになってしまいました。)
私はこうした田んぼの景色が大好きです。かつて祖父や祖母が生きていたころ、幼い私は田んぼで働く祖父母のまわりを走り回って遊んでいました。豊かな自然から多くのことを体で学びました。田んぼはいろんな意味で、日本の「根っこ」があると思います。田んぼが大事にされなくなったとき、日本は元来の国としての「良さ」を失い、得体の知れない脆い国へと変質してしまうような気がします。田んぼが激減していく今の日本は、とても心配です。
雲に隠れているけれど、そこにいるのはわかっていますよ、富士山。
晴れた冬の夜、闇の中に静かにたたずむ富士山の存在感を肌で感じるとき、鳥肌がたつような思いがします。姿は見てなくてもいいんです。観光客ではないので、「絵はがき」チックな美しい姿でなくても満足です。そばにいられるだけで十分。
でも、やっぱり姿が見えると嬉しいなあ!
私はここで生まれました。ここで育ちました。富士山には今も、遠くから守ってもらっています。
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