富士山の麓が故郷だとはいえ、実は40年近い歳月を過ごした東京のほうに断然親しみを感じているというのが本音。1年半を経て、ようやく静岡県東部でもあまりアウェー感を覚えなくなりましたが。人生の道の上で東京はすでに完全に過去なので、戻って暮らしたいとは思わないのですが、ときどき、たまらない郷愁に駆られることがあります。
それは生活感いっぱいの路地や、魅力的な東京の坂道を歩くとき。つねづね、東京の坂はとてもステキだと感じていました。それは講談社の「タモリの坂道」を読むに至り、タモリさんがまったく同じご意見と知って確信となりました。タモリさんはこの美しい写真集に興味深いエッセイを添えていらして、そのどれもが東京の坂に対する愛情と深い薀蓄に溢れています。愛情というと大げさですが、坂の風情になみなみならぬこだわりをもって眺めているところは大いに共感できるものです。そこには江戸の昔の姿をとどめる坂の景色に「変わって欲しくない」という強い願いが込められていて、油断すると破壊されて二度と再現できなくなる可能性のある儚さをいとおしむ一種の愛情なんです。
大学生のころ、品川の叔母の近くに住んでいた時期があり、品川から高輪にかけてウロウロする機会が多くありました。品川駅の向かいから高輪に向かう坂に「柘榴坂」という名がついていることを知り、その風情あるネーミングに小さな感動を覚えました。けれど、周囲にはその由来をしのばせるような風景は皆無で、残念に思ったものです。昨年「柘榴坂の仇討ち」という映画が公開されたときには、ひそかに小さくガッツポーズしました。この名前の響き、素敵じゃないですか!そう思っていたのが自分だけではなかったことに、「タモリの坂道」のときと同じように嬉しくなったわけです。
12月から毎週末、医療通訳養成講座のために通っている神田駿河台界隈にも魅力的な坂がいっぱいあります。以前は東京の坂のメッカといえば谷中あたりと思っていましたが、駿河台の坂もお江戸の頃がどんなだったか、いろいろイマジネーションが膨らみます。結局、そういう想像が楽しくてたまらないわけですよ、東京の坂は。
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