昨年(2013年)7月まで、毎日、相棒のみんみんを連れて戸田公園に散歩に行っていました。住まいがあった板橋区のはずれから、車で戸田橋を渡って5〜6分のところです。自宅前にも大きな公園もあるし、荒川の土手も近かったのですが、圧倒的に戸田公園のほうが癒しに満ちていました。
みんみんも明らかに戸田公園でボート部員の大学生たちに遊んでもらえるのを楽しみにしていました。生後5ヶ月ぐらいで戸田デビュー(?)したのですが、犬の社会性を育む時期にボート部員の皆さんに可愛がってもらったことは、みんみんの人なつっこさを決定付けたと思います。人が好きな犬に育ってくれたのは、とてもありがたいことです。
前にブログに書いたことがありますが、みんみんを迎えたころのわたしは、正直言って心身ともにすごく弱っていました。毎日、勤務していた研究所に通う日々は何だかむなしくて、生きる屍みたいな気分でした。責任を負っていましたし、学ぶこともありましたが、心を許して話ができる人がひとりもいなかったのです。終業のベルが鳴るとただちに家路を急ぎ、疾風のようにみんみんを連れ出して戸田公園へ逃げ込んでいました。研究所は新築ビルにあり、近代的なオフィスは結構でしたが、ここに入ってから体調がすぐれなかったことも大きかったと思います。半年以上経過してからホルムアルデヒドが検出され、シックハウス症候群だったことが判明しました。逆流性食道炎、胃炎、シェーングレン症候群、軽い肺炎、頭部めまい症。こんなに具合が悪かった2年間は後にも先にもありません。
戸田公園では、若くて健康なボート部員たちが、日々ストレートに生命力全開でボートに情熱をぶつけていました。彼らの心身ともに健全で、素直な言葉のひとつひとつが、病んだわたしに「元気に生きることの大切さ」を教えてくれました。お金なんか、食べていくだけあればいい。たくさんお金もらうことより、元気に明るく生きていくことのほうがよっぽど大事。次第にそんなことばかり考えるようになりました。
やがて、研究所で仕事する昼のわたしは仮の姿に過ぎず、「ここを歩くことだけのために今日がある」と思うようになりました。東京を引き払う決意をするに至る伏線は、みんみんと戸田公園を散歩する時間の中にすでにあったのです。
スタートからゴールまで全身全力のボート競技。ぴたっと体幹が鍛えられたボート部員たちはみんな一流のアスリートで、彼らのまっすぐ過ぎるほどの頑張りがとてもまぶしくて、うらやましくて、病んでいたわたしに足りないものに満ちていました。健康な彼らと触れ合うこと、それが癒しだったのだと思います。健やかな心と身体を持った若者たちがたくさん集まって、技と体力を日々磨いているボートコースには、前にも書きましたが、本当に陽のオーラが満ちています。それに触れて、病んでいたわたしは癒されたのです。
ほぼ健康を取り戻した今、あそこで経験したのはそういうことだったのだと冷静に断言できます。幸い、今はボート部員たちに元気を分けてもらわなくても生きていけるようになりました。
でも、年に何回かは戸田に行かないとね。今は純粋にボート競技観戦が楽しくてたまりません。ボートの素晴らしさを知ることができて、本当に幸運です。
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