3年前の昨日、東京から引っ越しトラックが御殿場に到着して、劇的な引っ越しが完了しました。
板橋区のはずれにあったマンションでの暮しは駅近で快適でしたし、25階の全室南向き全面窓という眺めを楽しむためにあったような住まいでした。
でも、引っ越しを決断したとき、不思議に迷いはなかったです。そうするのが運命だって気がしていて、それに突き動かされるようにして引っ越ししました。
実家の敷地内に物置に隣接して水回りが完備していた離れを200万円もかけてリフォームし、そこでみんみんと暮らしながら、母屋にいる両親のサポートをするつもりでした。
御殿場には何十年間も平均すると2か月にいちどくらいのペースでコンスタントに帰省していましたが、その変化の実体を知らずにいました。家がこんなに増えてるなんて。田んぼがこんなに減ってるなんて。新しい道がこんなにできてるなんて。こんなところだったかな、と疑問符が頭に浮かぶ場所ばかりでした。
3年経ってようやく最近は変貌した故郷をそのまま受け入れるようになりましたが、3年前は違和感でいっぱい。故郷が見知らぬ顔で立ちはだかる、というような感じでした。
3年前まで、母は杖をつきながらも歩くことができ、ふつうに日常生活を送っていました。つかまりながらも台所仕事をしたり、自分で入浴したりができていました。翌年の秋に肺炎で救急搬送され、2週間入院してから事情が激変しました。完全に歩けない車椅子の障害者となり、認知症の症状が明らかになってきました。
リフォームした離れはあっという間に老朽化した構造の欠陥があらわれ、床が傾きはじめました。壁と床の間に隙間が広がり、そこから虫が這い上がってきました。ここにはもう住めないなと実感し、家を建てようという気持ちが固まっていきました。もうここを離れないのであれば、家を建てて自分のしっかりした居場所を作ろう。
それで昨年6月に家が竣工となり、リフォームした離れもわずか2年で解体しました。
母が施設入居を承諾してくれました。来月から、今デイサービスでお世話になっている施設の2階に入居することになるでしょう。3年間で激変した家と家族のことを振り返ると、とても一言では言い表せない感慨を覚えます。
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