錦湯おそるべし

久しぶりに京都行ってきました。歩き過ぎて疲れたので、夜、ホテルから歩いてすぐのところにあった錦湯に行って来ました。実は、前から本やテレビでその存在は知ってたんです。実際はまさに、想像を超えたレトロっぷり。針金から布を下げただけのカーテンくぐって、番台にはおっちゃんがひとり、いたりいなかったり。

時間は夜の10時少し前。先客は肝っ玉かあさん風の母親と、3人の子ども、おばあちゃん。子どもははしゃぐ、おっかさんはたしなめる、おばあちゃんは黙々と体洗う。いいなあ、こういう生活者ならではの空気。これですよ、銭湯の良いところは。

たっぷりお湯に浸かって上がった頃には、ほかには誰もいなくって、そっと写真撮らせてもらいました。こんなドライヤー、久しぶりに見ました。カゴも床も使い込んで、良い味です。「先斗町 豆千代」って団扇あるけど、舞妓さんも来るのかなあ。

実は、東京では結構、銭湯行ってたんです。まだスマホもインターネットもなくて、浴場組合から入手した「銭湯マップ」を頼りに、行く先々で銭湯に入りまくりました。もう30年も前のことですが、すでに番台がある昔風の銭湯は減りつつあり、ビルに建て替えて上はマンション、っていうタイプも増えていました。もちろん廃業する銭湯は後をたたず、「ここ大丈夫だろうか、営業しつづけてくれるだろうか」って心配になるところも多かった。案の定、次に行ったら廃業してたりして。

実は、この錦湯をテレビで見たとき、その「心配になる銭湯」を思い出してました。

しかし。実際の錦湯は、想像していたよりはるかに昔のまんまなのに、なんとなく「ここは大丈夫だな」って感じがあったんです。それはたぶん、ブレてないから。徹頭徹尾、昔からのやり方を変えようとする気配がないから。変な設備投資しない。無理してない。昔からのお客さんがふつうに通ってきて、ふつうに営業できてて、それが継続している。


いいな、ブレてない錦湯。また来ます。

玲子のカルペディエム

カルペディエム Carpe Diemは「今を生きよ」という意味のラテン語です。毎年、誕生日に外国のお友だちがこの言葉を贈ってくれて気にいりました。今は富士山の麓でミニチュアダックスのみんみんと暮らしていますが、40年ほど暮らした東京からのいわゆるUターン組です。通訳や翻訳(英語)を生業とし、今は地元のがん専門病院で医療スタッフの英語のお手伝いをしてます。ジャズ、ブラジル音楽、歌舞伎が好きです。

0コメント

  • 1000 / 1000